私を救ってくれたのは、統合失調症という病気だった

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以前の記事でも、同じようなことを書きましたが・・・。

 

生まれてから今まで、「園児、学生、会社員、妻、母」と、色々な役割をしてきたけれど。

 

どの段階でも、すべきことがあった。

 

役割があった。

 

子どもの時は、保育園に行って集団行動を学び、学生になると小学校・中学校・高校・大学とクラスに所属して勉強した。

 

会社員になると厳しい社会に出て仕事をし、妻になると家事と親戚付き合いをこなして、母になると育児と近所付き合いが増えた。

 

ずっと私にはそれが重荷だった。

 

普通の人も役割をこなすのが大変かもしれないけど、発達障害である私にとっては、世間一般の役割が、普通の人以上の負荷に感じてとても辛かった。

 

それは、コミュニケーション苦手なこと。

 

空気が読めないこと。

 

疲れやすく、音・光・皮膚感覚にも敏感なことが影響していると思う。

 

あらゆる刺激がいつも襲い掛かり、私は息をしているのが精いっぱいな状態で生きてきた。

 

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しかしある時、子どもを出産して統合失調症になった。

 

それがきっかけで正社員を辞めることになった。

 

これは世間的にはとても不幸な出来事に映るだろうけど。

 

私にとっては、初めて世の中の役割から自由になることができた瞬間だった。

 

もちろん妻、母の役割はあるけれど、子どもが小学校に行っている間は自由な時間なので、精神的に余裕がある。

 

この「余裕」という概念がずっと分からず、常にがむしゃらに走り続けてきた人生だった。

 

お金も障害年金をもらうことで、なんとか生活の足しになっている。

 

私の場合、会社に勤めている時から精神科に通院していたので、厚生年金、国民年金の両方が支給されている。

 

病気になってすぐに会社を辞めなかったので、一般的なパートタイムのお給料ぐらいが支給されるので、助かっている。

 

もちろん、統合失調症の症状である被害妄想や聴覚過敏、身体のだるさなどはあるので、普通の人よりも外に出るのは大変だが、正社員で仕事をしながら家事・育児をしていた時に比べれば、私にとっては恵まれている点は多くあると思う。

 

ずっと障害年金があたる保障はない。

 

その時のことは、今から考えなくてはいけない。

 

でも、統合失調症という病気になったことによって、精神科でもとにかく休むように言われて、やっと人生の歯車がら脱却できた。

 

それがいいことと感じない人は多くいるだろうけど。

 

私にとっては、やっと安らかに息をする時間がもてた感じがする。

 

 

 

 

私の周囲の人、家族、母、夫、子どもは、常に私に役割を押し付けてきた。

 

私はいつもそれが重荷だった。

 

でも、統合失調症という病気は、私を休ませてくれる。

 

休息する方向に人生の舵を向けてくれた。

 

私は統合失調症に感謝している。

 

やっと人間らしい人生を送らせてくれたと。

 

役割ばかりを押し付けてくる「人」とは違い、私をそんな辛い役割から救い出してくれたと。

 

役割が楽しめる人もいるだろう。

 

でも、やってみて、私は違った。

 

私には人生の役割というものが重すぎた。

 

 

 

 

自分の人生を後悔しているわけではないけれど、統合失調症という病気を持ったことで、人生を小休止できたことに感謝している。

 

統合失調症が私の人生の歩みを止めてくれたことに感謝している。

 

とにかく、今はゆっくりと30数年分の疲れを取りたい。

 

ゆっくり休んで、英気を養いたい。

 

そして、生まれてきてよかったと思えるようになるまで、生きてみたい。

 

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