感謝は「する」ものではなく「湧いてくる」もの

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こんにちは、はなです。

3月の下旬から4月にかけて、子どもが春休みにはいっています。

当然、学校には行かず、ずっと家にいるわけですが・・・。

じつは毎日、家にはいません。

・・・・。

 

どういうことかと言いますと、日中は子どもを、夫の実家にあずかってもらっているんです

朝、夫が会社に行く時間に一緒に家を出て、会社の途中にある夫の実家に寄って、子どもを置いて行ってもらい、帰りは夫が会社から帰る時間に、夫の実家に寄って子どもを連れてきてもらっています。

春休みにはいる時に、夫に「毎日ずっと子どもが一緒だと大変で、耐えられない!」と訴えたところ、夫がそうなるように手配してくれました。

春休みの2週間限定でしょうが、私はそんな毎日を過ごしています。

 

・・・・。

はい、私はとても楽です。

朝ごはんも、子どもは夫の実家で食べるので作っていないし、夕飯も、子どもと夫は、夫の実家で食べてくれます。

私の分のご飯しか考えなくてもいいですが、私はダイエット中なので、ほとんど食べません。

一番苦手な料理をしなくてもよくて、とてもうれしいです。

 

それに、子どもが家にいないので、面倒をみる必要がないことが、とても精神的な負担を軽くしています。

私にとって、ずっと子どもといるという行為は、とても負担です。

私は子どもがゲームばかりしていても、あまり注意することができません。

ゲームを取り上げてしまうと、私が子どもを構わないといけないので、それが負担だからです。

 

また子どもは私にいつも構ってほしそうに絡みついてきます。

でも、私は身体が重くて、あまり構うことができない。

そして罪悪感でそれをどけることもできません。

可哀そうになってどけることもできず、かといって上手に構えるわけではないので、ストレスを感じてしまいます。

子どもが寄ってくると、嬉しい反面、邪魔に感じてしまうのです。

積極的に構うことはできないので、ゲームをさせる以外は、毎日宿題をさせるので精一杯でした。

 

今の生活はといいますと、私は一人でブログを書いたり、天気のいい日は車で出かけたり、お昼寝したり、読書したり、思いのままに過ごしています。

本当に楽しいです。

この世の春です。

私はこういう生活がずっとしたかった。

そう思います。

一人でいいから、楽に生きたい。

そのついでに自分の家族がいたら、なおいい。

そんな意識です。

 

そして、これくらい負担が減って初めて、私は「感謝」という言葉を知りました。

今までは、毎日が辛くて辛くて、人に感謝なんていう気持ちは湧いてきませんでした。

いつも重い負担が身体にのしかかっているようで、例えは大げさですが、息をするのも苦しい毎日でした。

しかし、結婚して子どもをもっていながら、仕事をしない、家事もしない、育児も任せる毎日を送っていると、やっとその重荷がとれたような気がしました。

子どもの面倒をみてくれている夫の両親に感謝、手配してくれた夫に感謝、時間がさかのぼりますが、統合失調症になったから、仕事を辞めればと提案してくれた母に感謝・・・。

 

私は、これだけの負担を人に代わってもらうことではじめて、やっと人に頼っていい、人といてよかったと思うようになりました。

それまでは、人というのは私に重荷をかける存在としか映りませんでした。

こういう考え方のゆがみも、辛すぎる毎日を過ごしたからでしょうが・・・。

おそらく母の教育の影響で、急き立てられるように生き、人生のイベント(入学・就職・結婚・出産)をこなしてきて、それが私にとって大いに負担だったからでしょう。

参考記事:自己紹介

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今は亡くなった祖母に、こういわれたことを思い出します。

私が、冬に「寒い、寒い」と言って、凍えていたとき。

私としては厚着しているつもりでしたが、祖母は私にこう言いました。

「あなたにとっては、まだ寒いから、満足できないのね」

そうです、私にとっては、寒いんです。

人から見て、十分厚着しているように見えても、私は寒い。

そしてそう感じることは変ではないし、そのまま受け止めればいい。

だからもっと厚着するなり、カイロを貼るなりして、防寒しなければならない。

人からみて、どうだとかは関係なく、全て自分が基準でいい。

そう教えられたような気がしました。

 

小さなエピソードですが、その言葉が私の人生のキーワードに思えてきます。

全ては、自分がどう思うかで判断する。

他人の視点で考える必要はなく、自分中心でいい。

その意識が私に欠けている全てだと思います。

 

別に発達障害であってもいい。

統合失調症であってもいい。

人からの偏見はあるでしょうが、自分で自分をけなす必要はない。

犯罪を犯さない限りは、どんな考え方で生きてもいい。

人に頼って、生活の負担を極限にまで減らして初めて、生きていてよかったと思えました。

私はこの世界で生きるのを許されていい。

そして、私も生きていきたい。

そう思えた瞬間でした。

 

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