発達障害:「みんなといっしょ」でないのが寂しい

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学生時代、いじめにあった時から、きっと私は人が嫌いだった。

すごく頑張って相手に気に入られようとして、相手の機嫌をとってきたけれど、その相手からいじめられた。

また、小さい頃毎日のように一緒に遊んだ同級生に、いじめられた。

今でも理由は分からないけれど。

その頃から、私は人間全般に対して不信感、というかもっと言えば嫌悪感を抱くようになった。

 

その一方で、私は自分の考えが人とずれていることが嫌だった。

部活の選手に選ばれたとき、団体競技だったけれど、試合に負けても全然くやしくなかった。

みんなが泣いているので自分も泣く真似はしたが、これでやっと練習が終わるのかとほっとしたものだ。

 

小さい子どもの様子を見ていても思う。

普通の子どもは周囲にかまわずはっきりと自分の意見を述べるけれど、私は昔からそうできなかった。

抑うつ的で、感情を抑える子で、人の顔色を見ながらしか話すことができなかった。

 

就職した時もそう。

初めて配属された部署で、先輩の機嫌をとろうと(そんなことは必要ないのに)、仕事そっちのけでしゃべり続けてしまった。

相手が嫌な顔をしていても、その時の私は観察力がなく、気付かなかった。

 

上司にテーブル拭きを任されてもきちんとしぼれていなくて、机に大きな水玉の跡が残る。

これも注意された。

自分がだらしなく思えた。

 

夫からは、今は言われないけど、「だからあんたはバカなんだ」と何回も言われたことがある。

話している内容が分かりずらいらしい。

考えていることを言語化することが苦手なんだと思う。

夫の知り合いと話すときも、いつもワンテンポ遅れて話題についていけないので、夫が嫌な顔をした。

 

また、犬や猫でも恩を感じると返そうと思うのに、私にはそんなあまり感情はないらしい。

母から言わせると、私はありがとうを言わないそうだ。

確かに私は与えられて当然で、生きるのが苦しいから、助けてもらって当然と思う感情がある。

 

そんな周囲とのずれから、私は自分が発達障害でないかと思うようになった。

(それ以外にも、家事・育児が苦手という理由もあるが)

学生時代もいじめられたし、会社でも閑職に就いたので、コミュニケーションが下手だという自覚はあったのだ。

そして、「どうせ自分なんて」という被害的な考えから抜け出せず、ずっと今まで生きてきた。

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でも、仕事を辞めて、家に一人でいる時間が長くなったからか、だんだんと気持ちが落ち着いてきて、自分とゆっくり向き合えるようになった。

外からの刺激がなくなったのが、良かったのだろう。

(学生時代や、会社員時代など、集団でいなければならないことが少なくなった)

私は五感の刺激に敏感なので、すぐに思考を乱される。

隣に人がいるだけで不機嫌になってしまう。

でも、一人でいると無用な刺激はなくなるのだ。

すると、私の素直な気持ちがやっと芽生えてくる。

 

私は本当は、人が好きなのかもしれない。

人に好かれたい。

他人と同じ考えを持ちたい。

そう思っているのかもしれない。

 

一人は寂しい。

そうも思い始めている。

寂しいというのは、物理的に周囲に人がいないということではなく、人と共感しあえないこと、人と同じ感情が持てないことが寂しいということだ。

きっと今までの私は拗ねていたんだろう。

頑張って人に好かれようと思っても、嫌われる。

努力したことが報われない。

それが嫌だったのだ。

 

でも、人に媚びることではなく、自分の機嫌を取るために、静かな空間に身を置いていると、逆に人に対する恨みとか憎しみが少なくなってきたみたいだ。

視点を自分に向けるだけで、気持ちが報われてきた。

最近、自分を最優先して考えることは自己啓発の世界ではブームだが(心屋仁之助さんとか)、それを実践するのは今まで自分をないがしろにしてきた人にとっては逆にとても大変なことだが、めげずにトライしてきてよかった。

自分の気持ちを無視せず、焦点を当てたことで、本来の素直な気持ちが出てきたんだろう。

 

私は本当は人と同じがいい。

発達障害でありたくない。

みんなと一緒がいい。

かなり日本人的な考えかもしれないけど、そんな新たな自分に気づけてよかった。

独りぼっちでは寂しいんだ。

誰でも、自分を分かってくれる人が必要なんだ。

発達障害という枠に囚われず、これからの自分の素直な考えを尊重していきたいと思った。

 

・・・・・・・

以下のコミックエッセイも、発達障害のさかもと未明さんの半生(そんな大げさではないですが)を描いたものです。

今の旦那さんと出会って、心を開くことで、人と関われるようになったいきさつが書いてあります。

さかもと未明さんは私と違うタイプの発達障害で、なんでも思ったことをズバズバ言ってしまうみたですが・・・。

それでも自分を否定せずに活動してこられたことはすごいと思います。

(飛行機で赤ちゃんの鳴き声がうるさいとクレームを言って暴れた事件もあり、普通の人にとってはワガママに思えるかもしれませんが・・・。でも感覚過敏の人の気持ちがわかるので、私は一概に責めたりできません)

旦那さんの大きな愛に包まれて、全てを受けれてもらえる幸せを体感されたのは羨ましく思います。

旦那さんがとても優しい人で、膠原病も患っているさかもとさんの身の回りのこともほとんどしてくれる人なので、ちょっと特殊かもしれませんが・・・。

おすすめの一冊です。



2 件のコメント

  • 私も学生の時に、いじめに合い相談する友達も居なくて勉強もできなかったから、みんなと私は違う思っていて何でって感じてて、もしかして発達障害かなって思っていましたが、精神科で知能検査したら軽度知的障害でした。初めはショックでしたが、ホッとした気持ちもありました。

    • コメントありがとうございます。
      マカロンさんもいじめにあっていたんですね。
      いじめは辛いですよね。
      でも一人で抱え込んで悩んでしまう気持ち、分かります。

      私も精神科でIQテストをしたことがありますが、標準値でした。
      私が発達障害でないかと思ったのは、就職してからですかね。
      その頃から発達障害という言葉もメジャーになってきましたし。
      空気が読めない、と気付いたことがきっかけでした。
      緊張する人間関係では気を遣うんで大丈夫なんですけど・・・。
      気を許すと地が出てしまうみたいですね。
      これは一生治らないかなと思います。

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