発達障害を貫き通せばいいのか?理想と現実の狭間で

子どもは小学校の支援級に所属している。

支援級の担任の先生からは、普通級に所属していた時よりも、生活態度、授業態度は良くなったと太鼓判をいただいている。

友達を叩かない、授業中にきちんと座っている、落し物があったら自主的に届けたりしている、などなど・・・。

学校の甲斐甲斐しい努力もあって、保育園にいた時よりも、普通級にいた時よりも、「いい子」に育ってきていると思う。

最初は支援級に入れることに抵抗があったが、こんなことなら最初から支援級で過ごした方が、勉強の遅れや生活態度においても、特別の配慮を受けられたので良かっただろう。

やっぱりその子の特性にあった教育をした方が、安心してのびのびと過ごすことができるんだと改めて感じさせられた。

 

辛かった私の幼少期

それを思うと、私が小学生の時は、支援級といっても本当に知的に遅れがある子か、精神的に敏感でほとんどしゃべれない子ぐらいしかいなかった。

ちょっと授業中にうるさいとか、手がかかるぐらいでは、親も支援級に入れなかった。

(その当時は「特殊級」という言い方をしていたが・・・)

でも、今の息子の様子をみていて、こんなに楽しく学校生活を送れるなら、私も支援級に所属していたかったと思った。

 

私にとって、普通のクラスで学校生活を送ることは本当に辛かった。

コミュニケーションが苦手で、いじめにあっていたからだ。

でも、当時の私は随分背伸びをしていて、習い事はいくつもしていたし、運動もそこそこできたから選手にも選ばれたし、勉強も頑張ったらできていた。

本当は学校に深く関わりたくはなかったが、親や教師の理想を感じ、頑張って学校に行っていたのだ。

いじめについて、恥ずかしさと、どうせ言っても無駄だろうという憶測もあり、親に本当のことは言えなかった。

理由を言わず学校に行きたくないとは訴えたものの、受け入れてもらえなかった。

教師も見てみぬふりをいていたし、私はだんだん勉強ができることだけが自尊心を満たしてくれるかのように、勉強に励んでいった。

私をいじめた連中の手の届かないところへ行きたかったからでもある。

 

その時のことを、大人になってから母に告白したけれど、「本当のことを言ってくれたらよかったのに。知らなかったから何もできなかった」としか言われず、「本当に辛かったね」などの慰めの言葉などはかけてもらえなかった。

(そんな親だから、私も本当のことは言えなかったんだけど)

だから私は、その昔の嫌なことを思い出しては母を責めることが、最近まであった。

私はもっと楽に生きたかった。

他の同級生のように。

毎日毎日、夜の布団の中が一番好きで、朝になると絶望的な思いで目覚めるのは嫌だった。

今の子は、一見、ちょっとレールからはみ出したくらいで発達障害扱いされて、支援級に入れられるから、大人の世界のように厳しい社会になっているとも言えるけど、レベルを落として(大目に見て)教育してもらえる分、楽しい学校生活を送れるかもしれない。

私もこの時代に生まれてきたかったと思ったりもする。

私は頑張って定型発達になりたかった

でも。

でも、どうだろうか。

小学校の段階で支援級と判断されて、特別扱いされて、大目にみてもらえる。

他の同級生ができることを、無理に強制されない。

そんな扱いを受けて、私は果たして満足できたかなと思う。

それは大人である今となっては、ということだけど。

私は無理に学校に行かせた母を恨んだりもしたけれど、もし簡単に支援級に所属させられて、親の期待も感じず、楽な道を歩ませられたら、それはそれで嫌だったかもしれない。

私のことをそんなにできない人間とみたのかと、憤りを覚えるかもしれない。

これは複雑な問題だ。

結局、どっちを選んでも、私は不満を感じるんだろうか。

親のせいにしてしまうんだろうか。

そう考えると、今まで頑張ってきた私の努力を褒めたいし、母に対する憤りの念も抑えられるだろう。

与えられた環境で十分頑張ったんだと、納得できるのかもしれない。

 

しかし現実に、今、私の子どもに関しては、支援級という選択で間違いはないと思う。

普通級でも頑張ってみたけど、支援級での方が先生の評価も高いし、勉強もついていけるからだ。

ただ普通級の同級生がどこまでできているのか、それを常に観察して、子どもに足りない部分は補うようにしていきたい。

発達障害の子は、発達障害の子なりの伸ばし方があるのかもしれないが、できるだけ普通級に戻れるようにも教育していきたい。

きっと社会に適応するには、それしか方法はないだろうから。

発達障害であるがままで生きていくなんて、できないのかもしれないから。

できたとしても、きっと大変な人生になるかもしれないから。

 

発達障害を貫き通した人

一方この本の著者、市川拓司氏は発達障害であることを全く否定せずに生きてきた。

今はその個性を生かして作家となり、「いま、会いにゆきます」が映画化・テレビドラマ化され、文庫もベストセラーになるなどの多くの功績を残している。

市川氏は自分が発達障害だと分かったのは10年ぐらい前だそうだ。

周囲から「バカ」と言われ、「間違ってる」と言われ続けた市川氏が、発達障害が原因だと判明したことを知ると、「なあんだ、そうなんだ。ならいっそ清々しい。違ってて当たり前」と感じたそうだ。

それは、本当にすごいことだ。

発達障害である自分を責めずに受け入れる。

これだけの自己肯定感をもてるのは、一種の才能だろう。

私はずっと、自分が間違っている、自分が変なんだと思ってきた。

自分を突き通した場合、きっとほとんどの発達障害者は、社会に否定され、二次障害を発症し、うつや対人恐怖症、統合失調症になったりするだろう。

そう考える時に一番に気になるのは、発達障害である我が子のこと。

発達障害者にとって生きにくいこの世の中で、まずは自分の子どもが二次障害に侵されないために、親である私は何ができるのか?

この本も参考にして、今一度考えたいと思う。

 

本当は発達障害を否定せず生きたい

市川氏や私の幼少時代は、発達障害という概念はなかった。

だからとても辛い時代を過ごしたのだが、今は発達障害という言葉も一般化してきて、それに対する教育補助も出てきた。

それが結局、定型発達社会に合わせるための教育だとしても、子どもが苦労しないようにするためには、周囲に合わせるしかないのかもしれない。

市川氏のように、その個性が花開くまで自分の個性を貫き通すには、精神的リスクが大きすぎる。

でも、やっぱりちょっとは期待したい。

発達障害として生まれた理由。

なにか大きな大義名分があるのだと。

その個性を生かせる場所が、この世の中にあるのだと。

ただ周囲に流されるばかりでなく、自分の居場所を開拓し、個性を輝かせる可能性があるのだと。

それを目指す教育も、自分の子どもにはしていきたい。

押しなべてできる子にするのではなく、ちょっと凸凹があっても、できる分野を更に伸ばすという教育をしていけたらと思う。

 

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