発達障害は治るかもしれない

フルタイムの仕事を辞めてから1年が過ぎました。

その間、私はとにかく休むことを意識して生活してきました。

休むこととは、動かないこと。

 

最初は世間の価値観(というか、母の価値観)で動くことが正義と思っていましたが、だんだん私が本当にしたいこと、つまり「何もしない」ことをするようになりました。

習慣化しているのを止めるのは大変で、徐々に徐々にできるようになりましたが・・・。

仕事を辞めてから時間がたつにつれて、少しずつ本当の自分の気持ちが分かるようになってきています。

 

何もしたくない

私は統合失調症になって会社を休職するようになっても、無条件で休息ことができませんでした。

休職している間に、とりたかった心理カウンセラーの資格を取ろうとか、会社を辞めてもいいように次の転職先を見つけようとか、後々生活に困らないよう先手を打つために、頭はせわしなく動いていました。

 

それは、やはり母の影響でしょう。

母は、テキパキ動くことが大好きで、いつもせわしなく動いていました。

それが当然のごとく、「善」だと思っていました。

 

母はそれを私にも暗に指導してきて、「~しなさい」「~しないと危ないよ」といつも口癖のように言っていました。

私は小さい頃からそれに洗脳(!?)されていたので、母の価値観を疑うこともありませんでした。

テキパキできない自分が悪い、なまくらな自分が駄目だとずっと思っていました。

 

でも、仕事を辞めてから、本当の私の素顔が顔を出し始めました。

 

希望していた心理カウンセラーの勉強も、簡単な通信の資格をとったところでやめ、放送大学に行くことも止めました。

家事もほとんどせず、あまり子どもをかまわず、育児を最低限にしました。

車でドライブするのが好きだったのに、外出しなくなり、家でPCの前に座りっぱなしになりました。

健康診断に引っかかったので、身体を動かさねばと思ってスポーツジムに行くつもりでしたが、費用の関係もあって家でストレッチをすることに変えました。

そして、ついにはストレッチもやめました。

 

子どもの春休みには、朝から晩まで夫の実家に子どもを預かってもらいました。

1週間は、朝食も昼食も夕食も作らない生活が続きました。(夫と子どもは実家で食べてくるので)

 

学校が始まると、1年生の時、朝の登校で、途中まで送っていっていたのが、2年生になってから止めました。

だから、朝から晩まで家でパジャマでいることがあります。

夕飯の買い物をしたい日は着替えますが、そうじゃない日は家から一歩も出ないことが多々あります。

母とは違った人生

私の身体はだんだん動かなくなってきています。

 

でも、これが私が本当に望んでいたことかもしれない。

そう思いました。

 

私は刺激過多だった毎日から自由になりたいとずっと思っていました。

世間や親からのプレッシャーで、学生→社会人→結婚→出産をこなさなければならないという暗黙の了解が、私にとっては負担が大きく、苦痛でした。

でも、そのレールから外れることは考えもしませんでした。

いじめがあっても、会社で閑職についても、私は「普通」「まっとう」に生きなければならないと思っていました。

 

私にとっては、ただ「普通」に生きることこそが正解でした。

人目を引かないこと、目立たないことこそが求められていることだと感じていました。

仕事を辞めるまでの私は、いえ、統合失調症になる前の私は、自分よりも他人の価値観を優先する、全く自分に自信のない人間でした。

 

私は子どもを出産することで統合失調症になりました。

そして仕事を失い、今は私は専業主婦になっています。

専業主婦といっても、家事も育児もほとんどしていない。

昔の母のようにフルタイムで働きながら、義親と同居しながら、家事や育児をバリバリこなしているわけではないのです。

 

しかし、母と違う人生を送ってみて、はじめて、私は「幸せ」を感じます。

テキパキ動くことではなく、動かないこと、ゆっくり人生をおくること、自分の考えを一つ一つ拾って確認しながら進むこと。

それが私の幸せです。

幸せの一番大きなものは仕事を辞めたことですが、私が満足するまで義親に子育てを手伝ってもらったこと、PCの前で一人でもくもくとブログを書けるような環境がとても嬉しく感じます。

逆に、だんだんと人生が上向きになっているような気がします。

病気のハンデはありますが、人に助けられること、また一人の時間がもてることというのは、今の私のかけがえのない財産です。

 

自分は自分でいい

それまで私は、自分の本当の望みも分からず、他人の望みにも関心がありませんでした。

それは多分、自分の人生が辛すぎて、客観的に考える余裕がなかったからだと思います。

でも、今は少しづつですが、私はしたいことをできるようになりました。

つまり「動かないこと」です。

それをして初めて、私は自分の人生を客観的に見れるようになってきていると思います。

 

私は自分の人生にやっと没頭できるようになりました

それまでは、世間一般の価値観、理想像ばかり追っていたのが、自分の中の「したい」ということを重視した人生になってきていると感じます。

そうすると余裕が出てきて、周囲のことや自分のことなど、少し客観的に見れるようになってきたと思いました。

今までは水中で足をひっぱられながら、口だけ水面に出してもがいていたのが、だんだんと優雅に水中を泳げるようになってきているみたいです。

 

発達障害に必要なのは自己肯定感

発達障害が治るというのは、定型発達になるということではありません。

自分が自分でいいということ。

人と違っていいということ。

そんな自分でも疑わないこと。

 

自己肯定感という言葉の意味を実感したことはありませんでしたが、今やっと、その心境に立とうとしています。

できない自分でもいい。

定型発達のように家事も育児もできなくていい。

一般の仕事もできなくていい。

 

少しずつそんな心境になり始めました。

私は昔、定型発達の人に憧れて、発達障害である自分を否定していました。

でも、否定する必要はない。

そのままでいいんですね。

人と違うということを認めるのは難しいけれど、ちょっとずつそれができるようになっています。

 

最近、子どもがプール教室を始めました。

プールが大好きなので、楽しんでほしいです。

子どもにも自分の個性を生かして、生きていってほしいと思います。

 

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