発達障害の私。生きてもいいよ、と思えるまで

ずっと生きるのが辛くて、水でおぼれている感じで、他の人はゆうゆうと浮いているのに、自分だけアップアップして、口が出るか出ないかのところでもがいてた。

 

自己肯定感がある人は、それを浮き輪に例えて、楽に生きれる人生になるという。

 

優雅に浮いた人生……。

 

日本人は欧米より、自己肯定感が低い人が多いらしい。

 

欧米人は日本人の5倍、自己肯定感が高いそうだ。

 

自殺者も日本は年間3万人で、発展途上国の戦争でもそんなに死なないという。

 

その理由は、私が考えるには、嫌なことを見てみないふりをする癖があるからだと思う。

 

なあなあにする癖というか、そんなこと追求してもしょーがないから、忘れようとするところ。

 

嫌な感情も、自分の一部。

 

それを追求しないまでも、横に押しやるやり方は、きちんと向き合っていない感じがしてかわいそうだ。

 

子どもの教育で、発達障害の特徴(奇声や立ち歩き)をなくさせるべきか、それとも特に矯正しようとせず放っておくか、迷う時がある。

 

学校はもちろん矯正させる立場。

 

親の私は、最近はそのままでもいいかなと思うようになった。

 

確かにいじめとか心配だけど、多数だからといって、それが正しいという考え方は腹ただしい。

 

自分のアイデンティティーを全く疑わなくていい人間が、少数派を当たり前のように迫害する行為は、(学校教育も含める。当たり前すぎて気が付きにくい。私の夫や母も当然その部類)少数派からすると迷惑以外の何物でもない。

発達障害は、障害ではない。

 

手や足がない、または病気で出来ないことがある人とは違って、他の人よりもできることがある。

 

それは分かりやすいものから、針に糸を通すような微かで見えにくいこともあるかもしれないけど、何かあるのだ。

 

また、ダウン症の人たちは、幸せだと感じている人が9割だという。

 

他の人はそんなに自分の人生を幸せに感じられない。

 

私は子どもの「変な」特徴を認めていきたい。

 

また、他の人も受け入れていきたい。

 

どちらも尊重したいと思う。

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